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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)1318号 判決

原告

株式会社ボンニー

右代表者代表取締役

仲野裕典

右訴訟代理人弁護士

石田好孝

久岡英樹

被告

佐藤精器株式会社

右代表者代表取締役

佐藤東貴男

被告

イーグル産業株式会社

右代表者代表取締役

佐藤東貴男

右両名訴訟代理人弁護士

丸山英敏

菊井康夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、別紙目録記載の装置を製造、販売してはならない。

2  被告らは原告に対し、連帯して金六六〇一万二九五三円及びこれに対する昭和五九年三月四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、ニット製婦人服の製造を主たる業とする株式会社であり、被告佐藤精器株式会社(以下「被告佐藤精器」という)は、機械製造を主たる業とする株式会社、被告イーグル産業株式会社(以下「被告イーグル産業」という)は、被告佐藤精器の販売部門を担当する子会社である。

2(一)  原告は、昭和五三年一一月益田工場に、我が国では初めてスウェーデン国イートン社製の縫製システムであるオーバーハンガーコンベアシステム(以下「イートンシステム」という)を導入した。イートンシステムは、生地の柄やサイズの違いは別にして単一仕様の衣服を縫製するにつき、パーツの全てを保持する、行先指定ボタンを備えた特殊ハンガーを、主レールに供給すると、指定された数十ないし数百ステーションへ指定順に移動して行き、各ステーションで加工がなされて、最終的に仕上つた状態で回収ステーションに至る、という縫製システムであり、縫製工程におけるラインシステムを初めて可能にした画期的なものであつた。

(二)  イートンシステムは、その現実の運転のためには非常に多くのノウハウの習得を必要としたので、原告は、カナダから技術コンサルタントを招いてノウハウの習得に努めるとともに、補助レールの増設等の改変を加えて実用向きにし、原告独自で満足に運転できるようになつた。さらに原告は、これらの経験を通して得た独自の技術を基礎として、イートンシステムとは異なる簡易かつ廉価な循環式物品搬送装置を原告奈義工場に設置することを企て、昭和五五年四月から社内において検討を始め、試作品を作り改良を加え、ついに別紙目録記載の装置(以下「本件装置」という)を考案するに至つた。

(三)  本件装置は、次の技術的要素が有機的一体に結合したものであり、本件装置のごとき縫製作業用ハンガーシステムは我が国では初めてのものであつた。

(1) 一条の搬送路1を備えており、この搬送路1に沿つてのみ多数のハンガーが先入れ先出し方式で走行するものであること

(2) 搬送路1に沿つて、ハンガーの走行方向の最上手側に空の各ハンガーに一着分の全パーツを吊り掛けるためのハンギングステーション4と、中間に所定の間隔を置いて列設される多数の縫製ステーション6と、最下手側に各ハンガーから縫製済の製品を回収する回収ステーション7とがそれぞれ設定されていること

(3) 搬送路1における各縫製ステーション6に臨む部分は、ハンガーを自重で転がり移動させるための下り傾斜の導入路9と、該導入路9の傾斜下端10に連結された急な上がり傾斜の上昇路11とを有し、平面(上面)視では実質的に直線状であるが、側面視ではへ字形状に形成されたレールが連続したものであること

(4) 導入路9の傾斜下端10の近傍を作業位置に設定してあること

(5) 上昇路11には、導入路9の傾斜下端10にあるハンガーを上昇路11を介して次段の導入路9へ持ち上げ移行するための吊り上げ手段13を備えていること

(6) 導入路9の途中に、各ハンガーの転がり移転を一旦停止させるゲート手段12を備えていること

(7) 吊り上げ手段13による導入路下端10からの先行ハンガーの持ち上げ動作に連動して、ゲート手段12が開いて後行ハンガーの導入路下端10への移動を許すこと

(8) 各縫製ステーション6には、手動運転と自動運転との切換えスイッチ、及び手動運転のための手動スイッチを備えていること

(9) 手動運転時には、作業者による前記手動スイッチの操作によりゲート手段12及び吊り上げ手段13を連係させて単発動作させること

(10) 自動運転時には、各ハンガーがゲート手段12及び吊り上げ手段13を連続動作させて、各ハンガーが該当の縫製ステーション6を素通りして行くようにしたこと

3  原告は、昭和五五年一二月四日被告佐藤精器に対し、イートンシステムの概略並びに本件装置の目的及びその概要を説明し、これらを他社のために製造、販売しないこと、右システムの存在、使用方法及び原告が使用していることを他に漏らさないことを同被告に約束させたうえ、本件装置のゲート手段12及び吊り上げ手段13の自動装置の試作品の製作を依頼した。その後被告佐藤精器から提出された右試作品の図面につき原告から改善すべき点を指示し、昭和五六年一月三一日試作品が完成した。原告は、同年四月二〇日被告佐藤精器に対し、前同様の約束のもとに、本件装置の製作を発注し、右装置は同年五月五日に納入された。

原告と被告佐藤精器との間には、右のとおり秘密保持契約があつたものであり、右秘密保持契約は、前記2(三)の(1)ないし(10)の技術要素を有機的一体に結合させた装置とそれを利用した縫製システムの製造及び販売の禁止と、右(1)ないし(10)の技術要素の有機的結合による縫製システムのライン化が可能であるとの情報を他に利用又は漏らさないことをその内容とするものである。

仮に、原告と被告佐藤精器の間で明示的に秘密保持契約が締結されなかつたとしても、右両者間の製作物供給契約は、製作依頼者のためにのみ製作する債務、従つて秘密保持の債務を内包するものであり、そうでないとしても、右両者間には秘密保持の黙示の契約があつたものである。すなわち、原告と被告佐藤精器の間の製作物供給契約の対象となつた装置そのものは、その分野の専門的知識さえあれば、発注者の注文通りに製作することは容易である。むしろ、発注者の目的を達するためにはいかなる性能、機能を有した装置を製作するかが最大の重要課題であり、原告は、右の点に加えて、それをシステムとしていかに利用するかの情報をも被告佐藤精器に提供して製作させているのである。他方、縫製業界の競争は激しく、生産効率の向上に各社がしのぎを削つており、生産効率向上のわずかな情報も極めて保有価値は高いから、情報保有者は可能な限りこれを隠蔽しようとするのは当然である。被告佐藤精器は、縫製業界の右事情を知り、原告から保有価値の高い情報の提供を受け、それに基づいて本件装置を製作することを承諾したのであるから、右製作物供給契約は、製作依頼者のみのために製作する債務、従つてまた右製作上の秘密を保持する債務を当然に含むものであり、そうでないとしても秘密保持の黙示の契約があつたものというべきである。

4  ところが、被告佐藤精器は、前記秘密保持契約の約旨に反して、被告イーグル産業を通じて、本件装置と前記2(三)の(1)ないし(10)の技術要素をすべて同じくする装置を、「イーグル・クイックレール」なる名称で昭和五七年一月頃から製作販売するとともに、前記製作物供給契約に基づき原告に納品する製品を製作中原告が提供した本件装置の具体的利用に伴う情報を、二〇社以上の右イーグル・クイックレールの納入先に説明、知悉せしめるに至つた。

5  原告は、被告佐藤精器の前項記載の秘密保持契約違反の行為により、次の損害を被つた。

(一)(1) 原告は、本件装置を考案するまでにカナダ国アービング・アーノルド社とコンサルタント契約を締結し、技術コンサルタントを招へいして種々の情報を得ており、同社に対し合計五七三万六八九四円を支払うとともに、同社が派遣したコンサルタントの滞在費として一〇九万八五五〇円を支払つた。

(2) 原告は、本件装置考案の基礎となつたイートンシステムの各種情報を習得するため社長以下六名がイートン社に赴いたが、その渡航費、滞在費として九一七万七五〇九円を支払つた。

(3) 本件装置及びその具体的利用に関する情報は、右二つの方法により原告が習得したものであり、原告はそのために右(1)、(2)の合計一六〇一万二九五三円を投資したが、被告佐藤精器の前記行為により右投資は全く無駄になり、右同額の損害を被つた。

(二) 本件装置は、縫製時間を少なくとも三分の二以下に短縮するものであり、他業者に教授するとすれば、莫大な対価を得られるはずであつた。ところが、被告佐藤精器が本件装置を売り出すことにより情報が他に漏れ、原告が本件装置を他に売却して対価を得ることは不可能になつた。被告佐藤精器は、昭和五七年一月から昭和五八年一二月までの間にイーグル・クイックレールを二〇〇〇ステーション売却し、少なくとも一億二〇〇〇万円の利益を得ており、右金額が原告の得べかりし利益喪失による損害ということができる。

原告は、本訴において右金額の内五〇〇〇万円を請求する。

6  被告イーグル産業は、資本関係、代表取締役及び一部取締役も被告佐藤精器と同一であり、被告佐藤精器の製造した機械を販売しているものであり、原告と被告佐藤精器との間の前記秘密保持契約を知悉していたから、被告佐藤精器と同視でき、右秘密保持契約に拘束されるものというべきである。

仮にそうでないとしても、被告イーグル産業は、右秘密保持契約の存在を知悉しながらイーグル・クイックレールを販売したものであり、同被告の右行為は不法行為にあたるものというべきであるから、原告が被つた損害を賠償する責任がある。

7  よつて、原告は被告らに対し、前記秘密保持契約に基づき本件装置の製造、販売の差止めを求めるとともに、連帯して前記損害合計六六〇一万二九五三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は不知。同(二)のうち原告が本件装置を考案したことは否認し、その余は不知。本件装置の基本的なシステムそのものはイートンシステム等により既に公知であり、本件装置のうちイートンシステムとは異なるピックアップ装置とストッパー装置及びそれらを制御する制御装置は被告佐藤精器が考案、開発したものである。同(三)の事実は否認する。本件装置のごとき縫製作業用ハンガーシステムは既に訴外メルボ紳士服工業株式会社九州工場等に取り入れられていた。

3  同3のうち、原告が被告佐藤精器に対し本件装置のゲート手段12及び吊上げ手段13の試作品の製作を依頼し、その後本件装置の製作を発注し、被告佐藤精器がこれを製作納入したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4のうち、被告佐藤精器がイーグル・クイックレールを製造し、被告イーグル産業がこれを販売している事実は認めるが、その余の事実は否認する。イーグル・クイックレールは、制御部がリミットスイッチを介して電気的に連動するようになつた特徴を有するのに対し、本件装置の制御部は空気圧によるエアー回路となつている点などで両者は相違しており、同一の装置ではない。イーグル・クイックレールは、被告佐藤精器が本件装置を改良して開発したものである。

5  同5の事実は否認する。

6  同6のうち、被告イーグル産業と被告佐藤精器の代表取締役が同一であることは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(原、被告の業務内容、被告会社相互の関係)は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和五三年一一月益田工場に、請求原因2(一)記載の通りの内容の縫製システムであるスウェーデン国イートン社製のオーバーハンガーコンベアシステム(イートンシステム)を導入した。イートンシステムは、縫製作業にラインバランシングすなわち作業者を加工対象物の流れに沿つて配置し、作業者に均等な量の作業を割り当てるなどして、従業者の手待ちをなくすとともに、加工対象物がよどみなく工場内を流れるようにする技術を適用したものであるが、当時の我が国の縫製業界ではまだ珍しいシステムであつた。イートンシステムを現実に運用するためには多くのノウハウの習得を必要としたので、原告は、カナダ国アービング・アーノルド社とコンサルタント契約を結んでコンサルタントを招き、ノウハウの習得に努め、さらに、その助言により、右システム導入当時は工場外で手仕事で行なつていた作業工程をラインに組入れるために、補助レールを設置するなどの工夫も加えて右システムを稼働させ、従来の装置による縫製作業に比べて生産効率を大幅に上昇させた。

2  原告は、益田工場でのイートンシステムの導入に成功したことから、続いて奈義工場にも同様のシステムを設置することを計画したが、イートンシステムが大がかりで高価なものであるので、益田工場で蓄積された経験やノウハウを活用して、イートンシステムを基礎にしてこれに工夫を加え、より簡便で経済的な手動式の循環式物品搬送システムを作ることを企図した。そこで、原告は、昭和五五年四月頃から社内において委員会を作つて検討を始め、なだらかな下り傾斜の導入路と急な上り傾斜の上昇路を連接した山形状のレールを縫製ステーションに設置することとし、実際に数ステーションの試作品を作つて実験するなどして改良を加え、概ね別紙目録記載のごとき本件装置を考案するに至つた。

3  本件装置のうち、吊上げ手段13については、当初手動式のものを試作したが、ハンガーを作業者が手で引上げなければならないため、作業者の疲労が大きいなどの欠点があつた。そこで原告は、イートンシステムのエアーシリンダーを用いた吊上げ手段をヒントにして右吊上げ手段を自動化することを企図した。しかし、右自動化は原告独自の技術では困難であつたため、機械製造業者でシリンダーを製造している被告佐藤精器に吊上げ手段13及びこれに関連するゲート手段12の試作品の製作を打診することにした。

4  そこで、昭和五五年一二月四日原告の技術担当役員苅谷金三、奈義工場長鳥越祐禧余理、同工場事業部長西村喜夫らが被告佐藤精器の事務所を訪れ、同被告の製造部長武田篤二、営業部長吉広暢夫らに会い、持参したハンガーや山形パイプを見せて、作つてもらいたい装置の説明をし、イートンシステムの概略なども話したところ、同被告の側では原告の右申出を承諾した。

5  被告佐藤精器では、同年一二月中に、シリンダーを用いた吊上げ手段の装置及びゲート手段の装置の図面を作成して原告に提出し、これに対して原告の側から改善してほしい点の要望が出され、被告佐藤精器において図面を書き直すなどの経過を経て、昭和五六年一月末頃同被告は試作品を完成して原告に納入した。そして、同年四月二〇日付で原告は、訴外伊藤忠繊維機器販売株式会社を通じて被告佐藤精器に四九ステーションからなる本件装置一式の製作を発注し、右装置は同年五月五日頃完成し奈義工場に納入された。

(以上の事実のうち、原告が被告佐藤精器に対し本件装置のゲート手段12及び吊上げ手段13の試作品の製作を依頼し、その後本件装置の製作を発注したことは、当事者間に争いがない。)

三原告は、被告佐藤精器に本件装置の製作を発注するにあたり、右両者間で秘密保持に関する明示若しくは黙示の契約が締結された旨あるいは右製作物供給契約は秘密保持の債務を内包する旨主張するので検討する。

まず、秘密保持契約がなされたとの原告の主張に副う証拠としては、証人苅谷金三、同鳥越祐禧余理及び同西村喜夫の各証言がある。右三名は、前記認定のとおり、いずれも昭和五五年一二月四日原告が被告佐藤精器に本件装置の吊上げ手段及びゲート手段の自動装置の試作品の製作を依頼した際、原告の責任者として被告佐藤精器側と折衝した者であるが、右各証人は、右同日同被告の吉広営業部長や武田製造部長に対し、本件装置の説明をするに際し「これはうちのアイデアであるから、絶対によそに漏らしてもらつては困る。」と述べたところ、右吉広営業部長らは「自分の会社はシリンダー屋だからそういうシステムのことはわからない。お宅から注文された物を作るだけだから心配はいらない。」との趣旨の発言をし、また右打合せの席に途中一時姿を見せた被告佐藤精器の当時の社長に対しても、右苅谷らは同様の要望をし、右社長もこれを了承したとの趣旨の証言をしている。

しかし、右各証言によつても、原告が被告佐藤精器に保持を要望し同被告がこれを了承したという秘密の内容は極めて漠然としており、果して原告が本件装置及びその使用方法の技術的内容について本件装置の納入稼働後も被告佐藤精器に対して保持を要求しうるような秘密が存したか否かは極めて疑問である。けだし、まず、右各証言によつても、本件装置の基本的なシステムすなわちハンガーをレールにより循環搬送することによつて縫製作業をライン化するためのシステムそのものはすでにイートンシステムによつて公然のものとなつていたことが明らかである。そこで、右各証人らは、本件装置のイートンシステムとの違いは、レールを下り傾斜の導入路と急な上り傾斜の上昇路から成る山形状のレールの連続したものとし、そのことによつてイートンシステムがハンガーを指定の作業位置まで搬送するために設けている複雑な電気設備等を不要として、簡易安価なシステムにした点にあり、その点が秘密の内容であるかのようにいうのであるが、右各証言によれば、このレールを山形状にするという点もすでにイートンシステムにおいて部分的に採用されているものであることが明らかである。むしろ、本件装置のうちで新規の考案とみられる点は、右各証言及び証人武田篤二の証言によれば、右のとおりレールを山形状にしたことに伴いハンガーを必要時間待機位置に停止させ作業手順に応じて山の上へ吊り上げるための比較的簡易な電気・機械装置を採用した点にあると認められるが、これらの証言によつても、右電気・機械装置を考案したのは被告佐藤精器であることが明らかであるから、特段の事情もなしに、原告がこの点を原告の秘密であるとして同被告に対し本件装置納入後までその保持を要求することは根拠を欠くものといわざるを得ないし、本件装置納入後の右秘密保持について原告と被告佐藤精器との間に具体的な取り決めがなされた形跡を認むべき証拠もない。

また、前記証人鳥越祐禧余理は、原告が被告佐藤精器との間に原告主張の秘密保持契約を締結したのは、原告は以前実用新案権をめぐる紛争に巻きこまれたことがあつたためであるという趣旨の証言をしているが、そうだとすれば、右契約についてきちんと契約書その他の書類を作成しておくのがむしろ自然ではないかと考えられるが、原告主張の秘密保持契約については契約書はおろかメモその他なんらの書類も作成されていないことは、弁論の全趣旨から明らかである。

もつとも、前記苅谷、鳥越、西村ら三名の証言によれば、縫製業界では競つて生産効率の向上に取り組んでいることが認められるから、自社の工場に新たな縫製システムを導入する計画を進めていることや、ことにそれが自社で独自の工夫を加えた場合にその内容を、他社にできるだけ知られないようにしたいと希望するのは自然なことと考えられないわけではない。げんに、証人武田篤二は、この昭和五五年一二月四日の折衝の際の原告側の申し入れについて「そういう装置を当社に設置したということを同業者に漏らさないで欲しいというふうな要望」があつたと証言している。しかし、右要望は本件装置そのものを秘密の内容とするものではなくして原告が本件装置を設置したということを秘密の内容とするものであるが、被告らが右秘密(原告が本件装置を設置したこと)を原告の同業者に漏洩したことを認めうるような証拠は全くない。

のみならず、〈証拠〉によれば、昭和五六年四月二五日被告佐藤精器が原告奈義工場に本件装置の設置工事をしていた際、同被告の製品の販売業者である訴外伊藤忠繊維機器販売株式会社の者が原告の責任者の了解のもとに設置中の右装置をPR用カタログに載せるために写真撮影したことが認められる。証人西村喜夫の証言中には、右写真撮影は、右訴外会社の担当者から同社内部の記録として残すだけで、よそへ出したりしないといわれて、原告側で承諾した旨の供述部分があるが、右乙第二号証の記載と対比して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実を総合すると、昭和五五年一二月四日に原告側から被告佐藤精器側に要望があり、同被告側が了承したとみられるのは、せいぜい本件装置が原告奈義工場に設置されるまでの間原告が本件装置を設置したことを原告の同業者に漏らさないで欲しいという程度のこと(これに対する被告らの違反がなかつたことは前認定のとおり)であつて、原告主張のような秘密保持契約が原告と被告佐藤精器との間で明示的にせよ黙示的にせよ締結されたとの事実は、これを認めることができない。また、右秘密保持契約の存否の判断において述べたところからすれば、原告と被告佐藤精器の間の本件装置の製作物供給契約が、秘密保持の明示又は黙示の約定もないのに、そのような義務を債務として内包するものとも到底解することはできない。

四以上の次第であるから、原告と被告佐藤精器との間に明示又は黙示の秘密保持契約ないしは秘密保持の債務が存在したことを前提とする被告らに対する本訴請求は、その余の判断に進むまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官髙原正良)

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